横浜地方裁判所 昭和39年(ヲ)1024号 中間判決 1965年4月08日
原告
志摩昌子
代理人
原田昇
被告
横浜倉庫株式会社
代理人
中島一郎
外二名
主文
被告が昭和三九年一一月二一日の口頭弁論期日においてなした原告の請求の一部を認諾する旨の陳述は効力を有しない。
事実及び理由
一原告訴訟代理人は昭和三九年一一月二一日の第二回口頭弁論期日において訴状に基き、「被告は原告に対し金七、八七五、一二〇円およびこれに対する昭和三九年九月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として
「原告は大正一五年六月二八日被告会社に雇員として入社し、昭和一六年一月一日社員に昇任し、入社以来満三七年九月余勤続して同三九年三月二九日退社した。
被告会社には昭和八年八月二六日退職金の支給その他の雇用条件を定めた社則が存在し、右社則は当時在社していた原告を含む従業員全員と被告会社との間で労働契約の内容となつたものであり、労働基準法施行後も就業規則としての効力を有するものである。そして、右社則第六章の定めるところによると、原告の退職時の給与の最終月額金四四、〇〇〇円にその支給率一四八・九八を乗じた金六、五五五、一二〇円が原告の退職手当となり、また、原告は被告会社において「勤務優良であつた者」として同社則の定めるところにより前記退職時の最終月額の三〇ケ月分、計金一、三二〇、〇〇〇円の特別手当の支払を求める権利がある。従つて、原告の退職金は右退職手当および特別手当の合計金七、八七五、一二〇円である。
よつて、原告は被告に対し右退職金七、八七五、一二〇円とこれに対する本訴状送達の翌日たる昭和三九年九月一八日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める」
と述べた。
二被告訴訟代理人は前記口頭弁論期日において、答弁書に基き、「原告の請求中金一、〇〇四、一五〇円については認諾する。その余の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨陳述し、請求原因に対する答弁として
「請求原因事実中原告が大正一五年六月二八日被告会社に雇員として入社し、昭和一六年一月一日社員に昇任したこと、その後昭和三九年中まで勤務していたこと、原告主張の社則が被告会社に存在したことは認めるが、その余は否認する。
原告が退職したのは昭和三九年三月二八日付原告の退職届に対する被告会社の同年四月九日付退職承認の通知が原告に到達した日(同月一〇日頃)である。
そして、原告主張の社則は当時被告会社の業務執行全般について規定した内規に過ぎないものであつて、原告を含む従業員と被告会社の間の労働契約の内容となつたものではない。
また、被告会社は昭和一九年中経済統制により大手倉庫会社が共同して日本倉庫統制株式会社を設立するに際し、その資産全部を同会社に賃貸してその営業を移譲し、みずからは単なる持株会社となり、極く少数(数名)の従業員だけを残して前記統制会社からの賃貸料をもつて会社を維持することのみを目的とし、その業務の性格は全く一変して前記社則を適用する余地は失われた。そして、終戦後右統制会社が解散したのちも、被告会社はその資産を駐留軍に接収されていたため同様の状態にあり、その間インフレーシヨンの進行により日本の経済事情は全く変り、被告会社が昭和三八年四月一日他に土地を求めて倉庫業を新規に開始したときは、右社則の存在は忘れられ、長い間の不適用の状態の継続によつて失効していたものである。
被告会社は右事業再開後労働基準法に基いて昭和三九年四月一日(原告の退職前)新たに「従業員就業規則」を実施し同日その一部として「退職金規程」を施行した。原告は右「退職金規程」の適用を受けるものであつて、これによると原告の退職金は金一、〇〇四、一五〇円となるものであり、被告会社が右金員を提供するも原告は今なお受領せず、今日に至つている」
と述べた。
三被告訴訟代理人はその後昭和四〇年三月一日の第五回口頭弁論期日において同年一月二八日付準備書面をもつて右答弁書による請求の一部認諾の陳述を改めるとして「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める旨申立てた。原告訴訟代理人は即時右請求の一部認諾の撤回に異議がある旨述べた。
四そこで、右請求の一部認諾の撤回に伴い、被告訴訟代理人が昭和三九年一一月二一日の第二回口頭弁論期日においてなした請求の一部を認諾する旨の陳述が効力を有するか否かについて争いがあるので、以下この点について判断する。
請求の認諾とは、原告が訴をもつて主張する請求即ち訴訟の目的たる権利主張、訴訟の目的たる法律効果(訴訟物)を理由ありと認める被告の訴訟上の陳述であるが、それが一個の請求が量的又は数的に可分である場合の一部についても可能であることは議論の存しないところである。
そして、退職金とは、一般に、労働者が一定期間以上勤続した場合にその雇用関係に基く労働契約によりその労働の対償として労働者が使用者に支払を求める賃金であり、本訴において原告が被告に請求する退職金もこれと異らないことは原告の主張に徴して明らかである。従つてその訴訟物は右労働契約より生ずる退職金請求権であるということができる。
ところで、原告は、被告会社が昭和八年八月二六日に施行した社則が労働契約の内容になるものであるとして、昭和三九年三月二九日退職による勤続満三七年九月余の退職手当および勤務優良者に対する特別手当の合計金七、八七五、一二〇円の退職金の支払を求めるものであることは請求原因の記載によつて明らかである。しかるに、被告の答弁によれば、原告の退職は昭和三九年四月一〇日頃のことであり、被告会社の社則なるものは既往のものであつて既に適用なく、原告の退職については被告会社において同年四月一日に施行された従業員就業規則による退職金規程の適用があるのみであり、右退職金規程によると原告の退職金は全部で金一、〇〇四、一五〇円であるというのである。被告は前記のとおり原告の請求のうち金一、〇〇四、一五〇円の部分について認諾する旨陳述したのであるが、右答弁の要旨に照らすと、被告は、原告の退職金は被告主張の契約関係による金一、〇〇四、一五〇円のみであるとして、原告の主張を全面的に否定するものであつて、原告が支払を求める退職金七、八七五、一二〇円の請求(即ち、退職金請求権)の一部である金一、〇〇四、一五〇円がその主張のとおり理由があるとして訴訟物の一部を承認する趣旨のものとは解し得ない。
そうすると、被告訴訟代理人の右請求の一部認諾の陳述はその内容において認諾の要件を備えず、その効力を有しないものというほかはない。
よつて、右争いある事項につき主文のとおり判決する。(深田源次)